お遍路の意味や持ち物の由来

今回私は通し打ちの歩きお遍路で四国88か所に加え別格20霊場を併せた108か所を廻ってきました。お遍路を続けるなかで知った、お遍路の意味や、各装飾品の意味について書きたいと思います。

 

 

お遍路の意味とは

 

私がお遍路に出かける前のお遍路に対する感想はこんな感じです。

空海が四国に作った88か所のお寺を歩いて廻るんでしょ。1200キロなんて本当に歩けるのかな?とりあえずバックと、みんなしてるから白装束と数珠と杖は買った方がいいかも。

こんな感じでとても浅い感覚で始まり、歩きながら宿などで意味を調べ少しずつ持ち物についての意味を知って行きました。最初から知っていれば・・・と思った事もありましたし、邪魔だからと買わなかったらしいお遍路さんも、ちょっと後悔しているような雰囲気の方もいました。

なので、できるだけアッサリとエッセンスをお伝えしたいと思います。

 

お遍路とは

 

お遍路とは弘法大師空海ゆかりの四国88か所のお寺を参拝することを言います。祈願を胸に結願(満願)を目指して歩くことによって、弘法大師の厳しい修行を追体験し煩悩を消し願いが成就されると言われています。

お遍路への祈願については、人によって違います。例に挙げれば下記のようなものが一般的のようです。
・先祖供養
・浄土祈願
・罪滅ぼし
・病気などの快復祈願
・自分探し
・修行 など

 

空海の歴史は1200年前に遡り、自信の修行のために88か所のお寺を開いたと言われています。また、88か所については江戸時代になってから記録として出現したもので、意味については諸説あります。88であった意味などは正確には分かりません。お寺は基本的に四国の海岸側を一周するように作られており、結界の役割であったなど、さまざまな憶測があり調べてみると面白いです(煩悩は一般的に108つと言われていますよね)

実際に四国を巡ると、弘法大師ゆかりのお寺というのは、お寺が勝手に名乗っているものも含めると約300弱あります。すべてのお寺を巡ろうと思うと、3か月から4か月程度で廻れるそうですよ。

その中でも最も弘法大師のゆかりが強いとされるお寺は有名な四国88か所と別格20霊場です。双方合わせて約1600キロ程度あります。有名な88か所のみなら大体1200~1400キロですね(併せて108つ。煩悩の数と一致しました)
「霊場」という呼び方についてですが、もとより空海が四国を修行の場として定めたのは、四国自体が霊的な力が強かったからとされています。その中でも力の強い土地にお寺を建てていたとのことですね。お遍路の工程のみならず、この霊場(今風だとパワースポット)の力を受ける事によっても、願いを叶える力が増すという事ですね。

そして、このお寺を巡る人々を総称して「お遍路さん」と言います。四国を巡ると分かりますが、「ああ、お遍路さんね」と特にご老人は好意的な目で見守ってくださいます。やはり古い文化というのは廃れたりしていくものようで、若い人はあまり興味が無さそうでした。

 

お接待とは

 

四国ではお接待という文化があります。これはお遍路さんい大して言葉通りお接待するもので、人によっては飲み物代と言って現金を下さったり、農家の方はびわやみかん、場合によっては「うちに泊まっていいよ」と宿泊先を提供してくださったりと、本当に様々なお接待があります。

これは、弘法大師様への信仰によるもので、お遍路には「同行二人」という文字は良く見られますが、これはお遍路をする本人と金剛杖に宿る弘法大師を併せた「同行二人」です。杖にはこういう意味があります。ただの歩行道具ではないという事ですね

 

お遍路が巡る88か所への思いに併せ、共に巡っている弘法大師様へご自身の願いを託し、弘法大師様へのお接待を、現世で肉体を持つ私たちが変わりに受けているという事なのです。

お接待を頂いた数だけ、沢山の信仰という思いも一緒に背負って行くのです。

 

金剛杖とは

 

金剛杖とは、山野で使う歩行用の杖というほかに、この杖には弘法大師様が宿っていると言われています。よく見かける「同行二人」ですね。これは自分自身と弘法大師様の二人という意味です。また、辛いお遍路中にも横で弘法大師様が助けてくださっている共にいてくださるという事で、心も体も支えてくれる優れものです。

なので使用した後は、弘法大師様だと思ってしっかりと丁寧に扱いましょう。要は泥だらけで放置はダメという事。

 

また現在のように、交通機関や医療も発達していなかったころは、基本的には歩きでの遍路。雪も降れば雨も降り、時には食べ物もなく行き倒れる命がけの修行でした。そして、行き倒れたお遍路さんは最後の力で杖を突き立て、墓標としたのです。

 

白装束の意味

 

お遍路さんの正装は白装束とされています。実際にお遍路に行くと、上から下まで真っ白という人の方が少ないですが、割と動きやすい恰好でも白っぽい恰好で統一してる人は割と見かけました。

これは、お遍路が命賭けだったころ、いつ死んでも良いようにと最初から準備していたものとされています。
お遍路が元々、世捨て人の旅と言われていたころですね。

 

菅笠の意味

 

菅笠には実用的な意味合いで言うと、見た目一発でお遍路さんとわかる事です。鞄にくくりつけたり、野宿ならテントの外のわかりやすい場所にかけておくなどすると、誰が見てもお遍路さんだと分かり不審者扱いされづらくなります。

お遍路さんの菅笠にはこのような文字が書かれています。

・梵字
・迷故界城
・悟故十方空
・本来無東西
・何処有南北
・同行二人

ユの形をした梵字は弘法大師を表すもの。こちらを自分の前(歩くときの進行方向)に向けるのが作法とされます。また、この文字たちの意味については、この世は迷いに満ちている。たくさんの欲や迷いによって、道を見失う。しかし、悟りの境地に立てば、方向などこの世の概念だという事。自分には道などなく、方向すら必要としない。という事が書かれています。東西とか南北とかその変の意味が伺えますね。

 

頭陀袋とは

 

頭陀袋首から下げるポーチです。「頭陀」は、衣食住に囚われないという事。そのため、お遍路ではこの頭陀袋には納経帳、蝋燭、線香、数珠、経文のみを入れていたとされます。実際、そのくらいしか入りません。

 

数珠の意味

 

お遍路では、数珠を摺り鳴らす事によって、煩悩や欲をすり減らしてくという意味があります。
お遍路の読経前には数珠を摺り鳴らす作法がありますが、これに由来しています。

 

持鈴の意味

 

これは鈴です。もし詠歌を読む際や読経の際に鳴らすものです。托鉢のお坊さんが鳴らしてますよね。これは魔除けや道中の獣除けと言った役割や、鈴の音が心の邪を払うと言われています。

 

輪袈裟とは

 

こちらはお参りをする際の正装と言われています。法衣の簡略版です。お参りやお遍路中は常に首から下げ、ご飯を食べる時は外し、タオルなどを敷いてその上に置く。トイレなど穢れのある場所には持ち込まない事とされています。神聖なものとて大事に扱いましょうという事ですね。

 

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか。お遍路に出かける前に、使用するものや恰好の意味などが分かっているとお作法を守るかどうか、そもそも白装束を着るかどうか、金剛杖を持つか、菅笠はかぶるのかなど決めやすいですよね。

邪魔だからいらないかも・・・と買わなかったけど、後から意味を知り持っていればよかったと後悔(精神的に)するのは辛いものがあります。なんせやり直しは大変ですからね。

これを読んでくださった方が、満足できるお遍路ができれば幸いです。

 

 

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